悟空は六ツ門の雑居ビルの1階にある。
悟空の「すっぱいやつがおいしいですよ」という話だった。
すっぱいものはすきだ。
「それなんて名前ですか」と聞く。
「とにかく、すっぱいやつっていったら通じますよ」という。
ふむ。
20時半ごろ、
なぜかその日はふらっとカウンターに座った。
わたしたち以外他に誰もいなかった。
目の前のテレビではバナナマンとサンドウィッチマンの番組が流れている。
ぼんやりした内容なのに、やけに注意を引く。
呼びかけられて振り向くと、すごく溜めてからやっぱなんでもないといわれてるみたいな番組だった。
それでもついみてしまうのは話し方の抑揚なのか、単に音量なのか。
さすがお笑い芸人だ。
おかげで隣の人との会話はまったく弾まなかった。
なんとなく所在なく、
カウンターのなかを見渡した。
悟空の厨房はよくみるとなんだかちぐはぐだった。
居抜き物件を中華料理仕様に変えたんだろうか。
元流しだったらしき場所に今はコンロがあって、
その上の柱にすごく黄ばんだエアコンがついている。
なかではスキンヘッドのおじさんがひとりで料理している。
おじさんがしゃべっているのをあまりみたことがない。
接客のお姉さまが注文を伝えるとひとことふたこと中国語で言葉を交して後はカンカン鍋を振るっている。
悟空は必要以上のことはしない。
余計な笑顔も言葉もない。
お客さんがいないとカウンターかテーブルに座っているし、
おしぼりを渡すときもテーブルにぽいっと置くし、
グラスもいつも水滴がついている。
けれど、厨房がみえる物件を選んで営業しているというだけでよっぽど信用できる。
あのおじさんがべらべらしゃべらないのもいい。
そして、「すっぱいやつ」の正体はこれだった。
「中国北方料理 冬の名物家庭料理」と書いてある。
この酸菜というのは発酵させた白菜(たぶん)だったのだけれど、
韓国のキムチとも違って、爽やかな発酵の香りがした。
とてもいい香りだった。
しばらくすると
おじさんがカウンターの向こうから次の料理を渡してくれた。
そのとき、はじめてまじまじと顔をみたような気がする。
思っていたより、優しそうなきらきらした目だった。
恥ずかしがり屋なのかなあと勝手に想像した。
- お会計 ¥2,550 -
●瓶ビール中瓶(キリンラガー) ¥550
●コーラ ¥250
●すっぱいやつ ¥1,100
●もやし炒め ¥650
残金
¥8,600 - ¥2,550 = ¥6,050